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2009年3月11日 (水)

「英断」から一年


昨日は田原市運営会議。今月も欠席者0。素晴らしいっ!
ただ、朝から何だか慌ただしい。理由は、田原市福祉を大きく担う田原市社協さんの移動に関する内示が出されたようで、はたから見てもバタついているように映る。来年度の自立支援協議会メンバー構想にも何らかの影響が出るかも?とはいえ、あらいは外野。口出し出来るわけもなく、ただただ見守るのみ。です。



で、会議。2件の事例検討を丁寧に。
精神疾患・障害の方の支援に関するもの。どの自治体でも課題となっていることは、圏域アドバイザーがまとめてみえる「圏域ビジョンと課題」からも明らかなこと。医療機関、保健所、福祉の役割分担を明確にしていくべし!で話はまとまる。特筆すべきは保健所担当者から「前向きな」、前向きな意見が発せられたこと。聞きましたからねぇ〜!お願いしますよ〜!

と、学校介助員及び特別支援学級について。を熱く、熱く。特に学校介助員に関しては教育委員会というよりも、むしろ学校現場での理解を如何に得ていくか。更に障害に関する理解と環境設定の重要性を如何に理解して頂くか。が話し合われました。

両懸案事項共に良い話し合いが出来たと思います。それを証拠に、担当支援専門員の表情が会議前のコワバッタものから、まるで憑き物が落ちたかのような柔和(ヘラヘラ。と表現しても過言ではない!)なものへと変わっていきましたから。この運営会議メンバー。役割が明確になっていて、やり易いんです!



12時を少し回ったところで会議は終了。会場の片づけをしながら田原授産所 鎌田所長と学校介助員について意見交換。鎌田さん、熱い思いを語ってくれました。というより優しさイッパイ。「介助員が孤立しないよう、我々が支えていかないとね。」と。仰るとおり。
その後、田原市センター 光部さんと のぐちさんと食事をしながらの打ち合わせ。いつものごとくラーメンすすりながら。『どんだけラーメン好きやねん!』って声が…。



で、田原福祉センターに戻り窓口業務。のぐちさんと支援に関する意見交換。と、熱血 柴田さんが登場。話は更に盛り上がり来年度の自立支援協議会の方向と目標設定。

まだまだ田原市自立支援協議会は「はりぼて」。小さなイメージ画を掲げ、全員で支えている感じです。これを来年度一年かけて「はりぼて」が倒れる前に、壊れてしまう前に、しっかりとした基礎の上に建つ小さくても「本物の」自立支援協議会を!ってこと。これが来年度の目標。当然、我ら相談支援専門員の活動も明確になっていきます。「やらねばっ!」です。

と、今度は包括センター中西さんが窓口センターに。
現在は介護保険法にある「地域包括支援センター」ということもあり、活動には当然 制約・制限があります。そう当然です。が、来年度はもう少し、本来 社協さんが担うべき業務を強固に推進していけるようになるようなお話が聞ける。

あらいも中西さん同様「福祉増進のためには啓発・啓蒙は重要課題」と位置付けていますが、生産性の無いもの、ブッチャケて言えば「お金を稼がないもの」ですから、周りで額に汗し動き回るスタッフに『申し訳ない…』と思ってしまうんです。勿論!他スタッフがそんなことを思っているはずは無く、逆に専門性が必要とされる難しい業務ゆえ応援して頂けるのですが、卑屈な我らは どうしても他スタッフに気を使ってしまうんですぅ。ダメですよねぇ。自分の仕事に自信と誇りを持たないと。反省。



090203_173101 それにしても。
火曜日は たくさん人が来てくれます。本当に嬉しい。良き仲間に囲まれて。





暫く話をした後、のぐちさん、中西さんは業務に戻られました。が、あらいは柴田さんと引き続き会議。田原市のニーズと社会資源の検証。というか何というか。地域支援事業の実情とか、大法人の制度移行の考え方とか。財政が厳しいおり、社会資源の検証は必須です。が、当事者の皆さんが「必要」とするものは削減しないという方針の田原市福祉課。だからこそ、我ら福祉事業者は襟を正していかねばならないと感じます。



で、5時半。柴田さんは慌ただしく本庁に戻られました。と、程なく電話が。のぐちさんから。「あらいさ~ん!もうボク出られますから~!」って…。そう!昨夜は忘年度会だったんです!運営会議は昨日が今年度最後っちゅうことで、食事をしながら今年を振り返りながらフランクに来年度について語り合おう!ってことっす。

「決断」から一年


7時開始を待ちきれない あらいと のぐちさんはフライングスタート。皆さんが来る前に出来上がっちゃえ〜!ってこと。とっとと二人で乾杯!と、間を置かず柴田さんと いとうさん(元ワシの法人)も到着。な〜んだ!考えることは みんな一緒じゃ〜ん!わははっ、わははっ!で、皆さんが集まる7時には「完成型」の我ら4名。すでに大騒ぎ〜!それを見て呆れるばかりの「ふれあいの家」平松さんと おがたさん。蒲郡での会議を終えて鈴木さんも駆けつけて下さいました。わははっ、わははっ!メチャクチャ楽しい〜!



で、こんな中、柴田さんと去年の今頃を思い出していました。


「平成19年度中には各自治体は地域自立支援協議会を立ち上げるよう」という県からの通達がありました。田原市も立ち上げ寸前の状態でありました。が、田原市は悩んでいたんです。『このまま立ち上げて良いものか?納得いくまで議論出来ていない。』と。そして田原市福祉課が出した結論は「延期」でした。県からの再三の催促にも関わらず、我らの声に耳を傾けて下さり、納得いくまで立ち上げは「延期」という決断でした。あらいは「英断」だと思いました。今でもそう確信しています。

「決断」から一年


田原市福祉課は今でも我ら自立支援協議会の声を聞いて下さいます。現に、学校介助員制度が不実施となった際も白井課長はじめ福祉課は、諦めることなく奔走されていました。市長や財政当局との折衝の際には必ず「自立支援協議会の皆さんが決められたことなんです。」と何度も何度も言って下さっていたそうです。



柴田さんと二人、この激動の一年を振り返り、何だかノスタルジックな気分になりました。柴田さんも同様の思いであったと思います。ドンチャン騒ぎは深夜まで続きました。あらいは終電で帰路に着きました。
田原市自立支援協議会運営会議の皆さん、来年度も よろしくです!



 arai

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コメント

あらいさま
こんばんは。先日はお疲れさまでした。あれから終電までいらしたのですね。私は中途半端な時間に現れ、中途半端な時間に失礼しましたが、まだまだ盛り上がったようですね。はい、あまりの酒豪さとテンションの高さには確かに呆れましたが、皆さん憎めないキャラの方ばかりだし、愉快な仲間ですね〜
私も塾の送迎さえなきゃ飲みたかったなあ。
さて、前に少し話したかと思いますが、先週末レミオロメンのコンサートに行ってきました。
約3時間、ずっと一緒に口づさみ、打たれました。泣きました。あらいさん、WBCでのウェーブ見ましたか?誰も音頭を取らなくてもあんなにきれいに揃うんですね。レミオのコンサートでもそうでした。曲に合ったいくつかの振りを一万人のファンが舞台に向かって投げかける。一人一人が繋がっているんです。まさに集団のダイナミズム。すばらしいですよね。
新曲「春の蕾」には心の底から揺さぶられました。
♪うまくいかない日もあるけれど わずかな木漏れ日の中にも 同じ太陽感じられる

コンサート好きな私の三年ぶりのコンサート。
病と仕事の揺れ、姉と愛犬の死、レミオの歌はこの三年間、闇の中にいた私を光の方へと導いてくれました。

投稿: おがた | 2009年3月12日 (木) 20時08分

おがたさま

はい~!終電まで騒ぎましたよ~!
でも、毎度毎度あのテンションではないですよ。本文中にも書きましたが、いろいろあったこの一年に対する思いは、それぞれ心の中にあり、達成感とか、開放感とか、使命感とかが入り混じった不思議な感覚が、あの「ドンチャン騒ぎ!」になったと思います。
現に!あの騒ぎの中でも「田原福祉」と関係の無い話をするフトドキ者はいなかったと思います。ん?いたか...。
とにかく!今度は おがたさんも一緒にどうぞ~!

で、レミオ。おがたさんのコメントから、そうとう良かったようですね。歌はいいですよね。勇気をくれたり、感動をくれたり。時には昔を思い出し、その時々の匂いまで思い出させてくれます。

レミオの歌で、おがたさんが「光」を感じたのであれば、それはレミオとしても「ミュージシャン冥利」に尽きると思います。あらいも唄い手の端くれとして、そんな唄を唄っていけたら。と思います。

投稿: あらい | 2009年3月13日 (金) 10時32分

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