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2011年6月29日 (水)

「基本」を教わる


このブログでも、ちょっとした議論になった一件
http://feel1999.cocolog-nifty.com/lallapallooza/2011/06/post-c783.html


この一件が大きく動き始めました。

主役は、東三河北部圏域アドバイザー 長坂宏氏
あらいの良き理解者。尊敬する先輩。



そして、西三河南部圏域アドバイザー 大木さんも、長坂さんと共に障害のある方の生きづらさを解決すべく、行政との議論に参加しておりましたが、いよいよ、ここからは「相談支援専門員」としての職務を遂行します。

あらいごときの安っぽい説明ではなく、長坂さんの思いを
http://blog.canpan.info/house77/archive/368#comments



長坂さん。よく「私は相談支援専門員ではないですから、現場にも あまりいることが出来ず。ご本人に寄り添うことが なかなか出来ません。」と仰います。が、その都度 あらいは大きく打ち消させて頂きます。
長坂さんは「真っ正面から」障害のある方と向き合い、聴き、行動してみえます。決して言い訳をしない。これは、相談支援に関わる者の「基本」とも言うべき姿です。長坂さんは実践者です。お世辞なんかじゃありません。あらいは本気で学ばせて頂きました。感謝です。正直、適切な言葉が思い浮かびません。ただただ感動し、感激し、敬服するのみです。本当に素晴らしい支援だと思います。




今回の一件。行政の課題が大きく取り上げられる結果となりましたが、あらいは残念ですが相談支援事業の不備も取り上げざるを得ないと思います。

こうままのご子息さまは、今年度「高等部」に入学されました。いわゆる「ライフステージの移行期」に当たります。そうです。ご本人が望めば「サービス利用計画作成費」の対象者となり、丁寧な計画のもと支援が投入されていたのです。
となると。当然、相談支援専門員は、ご本人とご家族のもとに駆けつけ丁寧なアセスメントがとられていたかと。と、当然、この夏休み期間の不安や日中一時支援の利用等の話題もあがったことと。



自戒の念も込め。あえて。
この話。ご本人やご家族に届いていないのでは?と思います。本来は「利用できる権利」がありながら「知らなかったから使えなかった」というのであれば、これは我ら相談支援専門員がご本人の「知る権利」を「侵害した」と言われても、仕方ないのだと感じています。

繰り返します。自戒の念を込め。あえて。
この「サービス利用計画作成費」という権利をご本人にお伝えしないという権利侵害をしておきながら、伝えづらいという制度の不備があるにも関わらず、改善に対する問題提起をしないまま、来年度の「対象者の拡大」や「基幹型センター」の話題で盛り上がる、今の相談支援事業に、大きな憤りと怒りを覚えます。



どうか。長坂さん。我ら「上っ面」の支援者を、叱責して下さい。




昨日、大木さんともお話しました。きっと、きっとステキな報告が聴けることと思います。大木さん、頑張って下さいね。
そして長坂さん。いつもいつも、本当に ありがとうございます。また、たくさんのことを教えて下さい。よろしくお願いします。



arai

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コメント

「なるほど。そういう解釈が成り立つんだ。」

新井さんのブログを読みながら、とても勉強になりました。やっぱり、「餅は餅屋」、相談支援専門員という、専門職だと思います。


私は新井さんより年齢は取っていますから、確かに先輩ではありますが、私自身は若い人たちから学ぶことは一杯あります。

レインボーはうすでも同じです。若い職員さんたちが本当にいろんなことを教えてくれます。


で、7月16日(土)、とても楽しみに待っています。


もうお忘れかもしれませんが、今から10年近く前になりますか、新城の「みどりの家」に神谷代表とお話しにみえたこと、覚えていますか?

自立支援法や支援費制度以前、措置制度が終焉を迎える頃です。

「レインボーはうすを実現する会」主催の勉強会の講師として、レスバイト、地域生活支援、ヘルパー事業を熱く語って頂きました。

あの頃、新城に新しい風を吹かせようとした私の前に立ちはだかる大きな壁、それを打ち砕く援護射撃をして頂いたこと、今でも深く感謝しています。

あの講演、本当に価値あるものだったのです。

当法人の今の事業を創り上げる大きな転機になっています。

知らないことをたくさん教えて頂いた貴重な時間でした。


年齢でしょうか。それなりに過去を振り返ることが多くなっている自分がいます。

やはり、東三河で最初の「地域生活支援の風」は、ふぃ~る工房さんから吹いてきたと確信しています。
その風を新井さんが丁寧に1人1人に感じ取れるように語っていました。


だから、再び、新しい風を。

きっと、ここにはまだない大切なことを新井さんは知っていると思います。

レインボーの看板を背負っている私に言えないことも知っていると思います。

また、連絡します。

打ち合わせをよろしくお願いします。

追伸 マーサは押えておきました。

投稿: 長坂 | 2011年6月29日 (水) 22時16分

長坂さま

忘れるものですか。忘れるどころか、今も鮮明に覚えています。霧雨がそぼ降る中、駐車場から歴史を感じる建物に向かう途中、雨を含み少しぬかるんだところを進んだこと。

ロの字に囲まれた場所に大勢の方に囲まれ お話させて頂いたこと。その中には「我が子がカラオケに行き楽しむなんて、このまちでは想像出来ない。」と言われていたお母さんがみえたこと。

お忙しい皆さんにも関わらず、終了後に私たちを囲んで懇親会を開いて下さったこと。その時、恐れ多くも隣の長坂さんが あらいにピザを取り分けて下さったこと。

何もかも。今も鮮やかに記憶しております。忘れられません。

長坂さんとの思い出は、まだ たくさんあります。

育成会さんへの説明会に、エライ方にもかかわらず、普通に参加されていたこと。その足で、あらいの首根っこを抑え前お勤めの事業所に連れて行かれ、所長に同じ話をさせて頂いたこと。ガストに呼んで下さり「和太鼓が主力なのに、なぜジャンベなの?」と音楽談義に華を咲かせたこと。

音楽話なら、まだあります。童里夢さんでのライブや、むそう設立時のパーティーでのセッション、安形さんのお店での対バン。

やはり。どれもこれも忘れることは出来ないステキな思い出です。

長坂さんは いつも「地域生活支援の風」と称して下さいます。本当にありがたいです。が、あの時代、それを評価して下さる方は極々わずかな方だけでした。我らは、そのわずかな方に支えられたおかげで、頑張ることが出来ましたし、今でも、何とか やっていけています。

長坂さんは、その お一人なんです。あらいにとっても、ふぃ~る工房にとっても、大恩ある方です。

「いざ!鎌倉」の思いで新城市に、長坂さんの耕した人と まちに、向かいたいと思います。心して向かいたいと思います。期待に添えるよう、力一杯頑張ります。どうか、よろしくお願いします。

繰り返しになってしまいますが、本当に、ありがとうございます。

投稿: あらい | 2011年6月29日 (水) 23時14分

最近の新井さんのブログを読み、今の自分の無力さをより感じました。

わたくしも微力ですが、あきらめません。


私から言えば地域支援の風は、南からも北からも吹いています。


中心豊橋が、うねりをあげて風を出せれば中核都市も近隣も動きが増すのにと感じます。


投稿: ひさ | 2011年6月30日 (木) 18時44分

ひささま

ごぶさたです~!お元気なのは確認してましたがぁ~!

で。無力は あらいとて同じ。打ちひしがれる毎日です。
が、同志がいます。だから頑張れます。だから走れます。

でも、「くだらん」と思う人や考え方に、イラつくこともあります。「嫌ならやめればいいのに。」と思うことも。
ですが。同志との語らいに、ご本人やご家族との語らいから、また奮い立たせて頂いております。

ひささんの周りには、そんな方が大勢いるですよね。もっと、どんどん、そんな同志を、仲間を増やし、ひささんの位置だから変えられることを、一つひとつ成し遂げて下さい。

あらいが出来ることでしたら、何なりとお申し付け下さい。
制度や数字には、ちょっとウルサイですよ~!特に行政の!

また、この辺の話を肴に、呑み語りしましょう~!(・∀・)イイ!

投稿: あらい | 2011年6月30日 (木) 23時49分

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