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2013年3月15日 (金)

友、遠方(与謝野町)より来たる


本日午後、このブログでも お馴染みの「こおめいさん」が、遠路はるばる 田原市までお越し下さいました。

京都府民のこおめいさん。であるにも関わらず、自宅から京都駅まで2時間、京都駅から田原市まで2時間という時間を掛けて。「わざわざ お越し頂いても、な〜んにも無いっすよぉ?」と お伝えしたにも関わらず。わざわざ…。
申し訳ないやら、ありがたいやら…。はは…。(^_^;)



で。こおめいさんは昼一に到着。スゲェ笑顔で、開口一番「田舎っすねぇ〜!」と。続けて「うちのまちも こんな感じですよぉ。」と。

そうなんすよねぇ。こおめいさんのまちは、京都府北部にある3つの町が合併して出来たまち与謝野町。でもまだ2万数千人で「市」ではなく「町」でして。ので、渥美線の車窓から見える風景が こおめいさんのまちとダブったようで。だから笑顔だったんですよね。

villaうぇ〜ぶで。互いのまちの田舎自慢に華を咲かせ、互いのまちでの取り組みや大きく障害福祉施策について意見交換。



こおめいさんの話は、過疎のまちを支える相談支援専門員特有の困難さに立ち向かう「現場感」イッパイで、メチャクチャ面白く、メチャクチャ共感しましたし、また行政との「協働」が しっかり成されていて、何とも心地良いお話でした。(^_^)v



で、場所を田原市障害者総合相談センターに移し。駆け付けてくれた継ぐ者山本さんからPPT資料で 60ページを越えた視察対応資料のお話を、タップリ1時間半。市の概要説明から田原市障害福祉の変遷、自立支援協議会の概要説明と実践報告、総合相談センターの歴史と虐待防止センターとの連携までを。

で、終わりに近づいた頃。偶然 センターに来ていた熱血柴田さんも参戦下さいまして。田原市障害福祉の歴史を全て知るというか、今の田原市障害福祉を創ったというか、まさに「生き証人」から継ぐ者山本さんの話に熱を込めて頂きました。ありがたい話です。

その後は。互いのまちの「協働」について意見交換。villaうぇ〜ぶでの2人きりの話とは違い、今度は行政サイドの現場感も加わったもんですから、これまたメチャクチャ面白く。リアリティというか、生々しいというか。メチャクチャ勉強になりました〜!


友、遠方より来たる


でね。こおめいさんからの質問に「この「寄せ集め所帯」の基幹センター。なぜ機能しているのだ?」ってなものがありました。

これ。よく聴かれますし、メールや電話での問い合わせを受けます。答えとしては「行政の支え。受託法人の理解。相談支援専門員個々の使命。」としか言いようはなく。「やれるか?」ではなく「やるんだろ!」ですから。当たり前です。それが「仕事」だから。「大人」ですから当たり前です。

あ。あえてもう一つ付け加えるのであれば「田原市だから。」って感じでしかなく。ようは。今現在の相談支援体制は、どこの市町村も「今はこれしかない」、「今はこれがベスト」として選択されたわけですよね。とすると、田原市のやり方、考え方も「そのまんま」持ち込もうったって、風土も歴史も、そして背景も違うのに、そのまんまは如何にも無理がありますよね。



何でもそうだとは思いますが、しっかり噛み砕き、我がまちで活かせる部分と排除する部分に分け、で、どう活かすかを考えないと。
と、やはり「時間は掛かる」ってことと、「衝突は避けてはいけない」ってことかと思います。カオスの状態を創り出すことが大事なんだと思います。そこから新たなカタチが生まれるのだと思います。



ってことで。総合相談センターに慌ただしく出入りする若輩相談支援専門員軍団と、三国志清田さんをも巻き込んだ学びの時間は、いつものように深夜に及びました〜!盛り上がりました〜!(*^o^*)


友、遠方より来たる


あらためて思ったこと。「基幹センターは、必ず成功させる」ってこと。ようは「基幹センターを担える人財を育成する」ってこと。と、「計画相談は、必ず質の担保をしつつ書ききる」ってこと。それが権利を護るって、ことだから。それが仕事だから。

そして、やり遂げた2年後にみえる風景を、この「チーム白井」メンバーで見届ける。そして、あらためて相談支援を考えたい。地域生活を考えたい。権利擁護を考えたい。と。



arai

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コメント

お忙しい中、2日間に渡ってお付き合い下さってありがとうございました。
地域のオリジナリティーある取り組みの成り立ちを聞かせていただき、なぜ田原市はこういうことができたのか。なぜここに力を注いだのか。地域オリジナルの取り組み方を勉強させていただきました。
そして、それを創り上げてきた方々との出会い。その中で語られたミッションとパッション。多くの刺激をいただきました。

さて。帰ってから何ができるか。何をすべきか。地域のみなさんと共に、今回いただいたヒントをネタに、チャレンジしたいと思います。

投稿: こおめい | 2013年3月15日 (金) 18時12分

こおめいさま

こちらこそです!電車を乗り継ぎ、長い時間を掛け、遠路はるばるお越し下さり、本当に感謝、感謝でございます。m(_ _)m

で。田原市の取り組みは。窓口で嘆き悲しんだ親御さんの思いを、どうすることを出来なかった「措置時代」の行政窓口職員の「悲願」であったこと、それが昨夜の「熱き行政マン3人」のパッションの理由であることがご理解頂けたのでしたら、我らとしては役割の一端を果たせたのか、と思います。

そして、こおめいさんとも何度となく確認しあいましたが、そのまちのことは、そのまちの人でないと「絶対に」分からないってこと。そして、今のカタチになったことには「絶対に」理由があるってことは、今後の田原市自立支援協議会の運営に「絶対に」役立つ気づきであったと思います。


私ども「チーム白井」も、こおめいさんが耕すまちに習いながら、市民皆さんのニーズに一つでも多く応えられるよう、精一杯 頑張ってまいりますゆえ、これからも、そして末永く、よろしくお願い致します。m(_ _)m

投稿: あらい | 2013年3月15日 (金) 22時36分

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