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2013年4月28日 (日)

我らの「桃園の誓い」


本日は夕方から名古屋市へ。久々に熊谷さんと こじまさんと。

何だか。慌ただしい毎日というか、荒波に揉まれる毎日というか、嵐に巻き込まれている毎日というか、とにかく!エライことになった日常から ちょっと離れ、転職祝を兼ね賑やかに酒を煽りに。

集まった場所は。いつもの手羽先屋さん。なのですが、いつもの研修終わりで使うお店ではなく、我らにとっては思い出のお店。


「桃園の誓い」



今から4年前。今のような状況で仕事をさせて頂くことになろうとは、全く!想像していない時の話でして。国研修から戻り、あれよあれよという間に県従事者研修の主任研修講師という大役を仰せつかり、バタバタしておりました。で。訳の分からない中、現任研修が始まりました。

その中日。ゲスト講師として参戦下さったのが「漢」玉木さん。で、その夜、智敦さんや康仁さんら研修講師の先輩お歴々と県の偉い方もみえての懇親会が開かれました。それが今夜の会場でして。

当たり前ですが。あの玉木さんがゲストってことで、玉木さんが座るテーブル席は「あ。」という間に満杯となり。で、座る場所がなくなった小僧の我ら三人はカウンター席に陣取り、我らなりに語り合い、で、勝手に盛り上がってました。



あ。誤解の無きようお伝えしますが、先輩方も我らに気を使って下さり「こっちにきなよ。場所、変わるよ。」と言って下さったのですが、慣れない業務というか職責に、ヘロヘロだったもんですから、とても玉木さんに近寄れる状況ではなく、遠くから手を合わせ「ありがたや〜」と拝むのが精一杯でした。


露天風呂


これ。そん時の写真。まだ余裕がある時間っす。
お二人とも。あんまり変わってないですなぁ。( ^ω^ )



で。我ら三人。つい数ヶ月前までは「全く」一緒に仕事をしたことがないばかりか、あらいに至っては お二人にお会いするのも国研修が初めてだった分けですので、障害福祉の分野では名を馳せる先輩二人との語らいの時間は、メチャクチャ楽しく、そして良き学びの時間となりました。

後半は。三人共に飲み過ぎて。でも語らいは終わることはなく、手羽先屋さんにも関わらず漬け物、タコブツにバーボンをロックという状況で、熱い語らいを続けました。
この夜は。お二人の「熱」を強く感じた夜となりました。

で、今日。『あの時と同じカウンターで』と思っていましたが、さすがに狭いってことで、二階のテーブル席に。



で。マジな話。このお二人との語らいは、メチャクチャ勉強になるんですよぉ。よく「飲む口実」くらいに言われる方がみえるんですが、トンでもない!話でして。実践経験は勿論ですが、学問としても半端なく。その両方が相まって、ブッチャケトークで語られるわけですから。そりゃ、あらいごときでは学びを超えた感じですわぁ。(^_^;)

なもんですから、よく語りました〜!飲みました〜!で、酔いました〜!でも、心地よい酔いでありました〜!(*^o^*)



で。こじまさんから「以前たまたま見つけたバーに行かないか?」ってな話しになり。そういえばバーボン好きのあらいに対し、随分前に「バーボン普及協会」なる看板が付いたバーの写メが届いたことを思い出し。「また行くべ!」って話したことを思い出し。

ってことで、タクシー飛ばしてバーボン・バーへ。



小じんまりしたバーでしたが、「バーボン普及協会」の看板に恥じないステキなバーボン・バーでして。バーボン好きなあらいは勿論ですが、熊谷さんも、そして見つけたこじまさんも大満足でありまして。マスターの凛とした立ち振る舞いや、心地よい蘊蓄(うんちく)、そしてバー独特の空気感。何ともグッドな感じでございます。

ステキなお店、見つけてくれた こじまさんに感謝。m(_ _)m


「桃園の誓い」


で。結構な量のお酒を入れて入ったにも関わらず、あまりの心地よさにバーボンもドンドン入るし、語らいもブッチャケた感じになるし、メチャクチャ楽しい時間となりました。年度が明け。心底バタバタしてまして。自分の軟弱さや若輩さに、少々嫌気がさしていたのですが、友との語らいからエナジーが身体中に漲っていく感覚を覚えました。



いつものように終電が近づき。名古屋駅で お二人とお別れをし。で、帰路につきました。お二人と知り合って たった数年ではありますが、何度となく繰り返した光景。お互いに「じゃあ、また。」と淡泊に言葉を交わすだけの時間ですが、これがまた あらいには心地よいのです。

多くを語らずとも。大袈裟に別れを惜しまずとも。互いの気持ちは しっかりと理解している感じが、堪らなくスキだったり。今年度も、お二人に支えられながら、軟弱者は軟弱者らしく、精一杯やっていきます。疲れた時は、また何かにかこつけて一緒に飲んでもらいます。で、また前へ進んでいきたいと思います。




三国志演義の序盤。関羽と張飛が劉備のもとに集い、桃園での宴席で、将来を語り、夢を語り、そして義兄弟の契りを交わし、生死を共にする誓いをたてる「桃園の誓い」という一節があります。

(我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん)



義兄弟の誓いとは若干違ってはいますが、手羽先屋が、そしてあの夜が。我らにとっての「桃園」であり、「桃園の誓い」であったと、ずーっと思い あらいは走ってきました。そして『いつかまた。あの場所で三人で。』と思ってきました。

同志の、あらいにとって掛け替えのない友の、新たな門出を祝う場所としては、この上ない場所であると思い今夜の場所で飲み語りました。今夜も、あの夜と同じように、熱く語り合いました。これからの我らの使命について。そして、変わらず支えあいながら進むことを確認しました。



「桃園の誓い」よろしく。良き仲間、良き理解者、そして時に良きライバルとして、共に支え合いながら、闘っていきたいと思います。



arai

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コメント

昨夜はどうもです<(_ _)>。
それにしても、今回はブログと片づけられないボリュームですね。

写真はちゃんととってあるんですね。4年前ですか。確かに、私も熊谷さんもあまり変わってませんね。ちなみに私は、このとき40歳ですわ。

バーについては、我ながら殊勲賞モノだなあと。いろいろなことを考えさせられるひと時でした。

4年前にそうだったように、数年後の自分たちが何をしているのか、なかなか見えづらい状況ではありますが・・・お互い、上手く自分を操縦していけたらいいですね( ̄ー ̄)ニヤリ。

投稿: こじま | 2013年4月28日 (日) 07時06分

こじまさま

帰路、お二人と昨夜 話した一言一言を思い出しながらブログを書いていたら、この「たった4年」の間に交わした たくさんの話や、我らの身の振りかかった たくさんの出来事が思い出され、そして たくさん支えられたことを思い出し…。

酔いも手伝い、ちょっとノスタルジアな、センチメンタルな気持ちになっちゃったりして。(*v.v)。


で。たったの4年で、我らの置かれる立場が こうも劇的に変わってしまうわけですから、これから我らの身に何が起ころうと、もうあまり驚かないような気がします。

これからは。我が身に降りかかる様々な事柄を、ただただ受け止めるのではなく、しっかりとジャッジ出来るようにならないといけないですね。お互いに精進ですな。

こじまさんには、出来の悪いオッサン二人が これからも たくさん迷惑を掛けるかと思いますが、末永く よろしくお願いします。m(_ _)m

で。マジで。バーボン・バー。あらいはド嵌りですわ~!
熊谷さんが言ってた「あんまり人には教えたくないお店だよね~!」って言ってたのが、あらいの気持ちも代弁して下さっています~!(・∀・)イイ!

投稿: あらい | 2013年4月28日 (日) 11時19分

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