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2014年12月14日 (日)

「緑のまち」10年の軌跡 (前編)


昨日は。午後から「緑のまち」新城市へ。この まちの戦士の御祝いに駆け付けた次第です。というのも。

長坂さん率いる新城福祉会「レインボーはうす」が、毎年この時期に開催する「新城福祉ファーラム」。今年で8回目ということ。と、レインボーはうす設立から「10周年」という記念すべき年って年で、特別な内容になっておりまして。ここまできて、お世話になりっぱなしの あらいが伺わないことなんて「有り得ない〜!」のです〜!( ̄▽ ̄)ゞ


ってことで。第8回 市民福祉フォーラム 「『10年の軌跡 〜未来への伝言〜』―レインボーはうす 開所10周年記念―」は、午後1時開会。新城福祉会 夏目理事長と挨拶のあと、穂積市長の祝辞。これがまたステキ!「新城市には、歴史、文化、観光等、たくさんの自慢があります。レインボーはうすは、その一つです。」。緑のまちの戦士の激闘を少なからず知る あらいとしては、関係ない人間であるにも関わらず感激至極の祝辞でした。(T-T)


10年の軌跡


で、基調講演。『困難を乗り越え強く生きる 〜人と人助け合う心、人間として最も大切なこと〜』のタイトルで、お話下さったのは、ご自身もスポーツによる事故により脛椎損傷で障害を負い、TV番組の「奇跡体験アンビリーバボー」で再現ドラマ化された 濱宮郷詞 氏。寝たきりになっても、幾度と訪れる困難を、前向きにとらえ暮らしている様を、イズムを、時に笑いに、時に涙を誘いながらお話されました。

心に残ったのは、「我が子に胸を張って背中をみせられますか?そんな親になって。」という問いかけから、「人財育成」そのものというか、その本質についてお話し下さったこと。そして「自殺は考えた。が自殺は連鎖する。だから出来なかった。」という下り。この2点は、この数年 あらいが、というか田原市事務局として深く議論しているテーマです。

そして もう一つ「体が不自由であるより、心が不自由(貧しいって意味ですよ。誤解の無きよう。<(_ _)>)な方が人として問題である。」と毅然と。これには大ハンマーで頭をブン殴られた気持ちになりました。なんとも ありがたい時間、そして更に深く考えさせられる時間となりました。



で、休憩を挟んだあとは、スライドショー『10年の軌跡 ともに働き ともに学び ともに生きる』。利用者さん、スタッフ皆さんが登場し、この10年間を紹介。何ともセンスを感じ、温かい時間でした。かくいう あらいめもスライドに数枚登場させて頂いており、ビックリするやら嬉しいやら~!長いお付き合いであることを再確認しました。



で、いよいよ対談。『出逢いからの創出 〜未来への伝言〜』。対談されるお二人は、レインボーはうす所長である「漢」長坂宏氏と、満を持して「山田優」さん。壇上にスタンバイされたお二人。『さぁ~始まる~!(≧∇≦)』と思っていると、何やら長坂さんが下りてきて「このまま始める段取りでしたが、やはりお礼を伝えるのに高い位置からでは…。」と。


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例え、長坂さんがそのまま始めていたとしても、誰も、「お高くとまっている」なんて、そんなこと思いません。そんな人ではないことを、みんなが知っています。でも、長坂さんが こうして下りてこられる方だってことも、みんなが知っているんですよね。やはり「漢」です。カッコイイっす!(  ̄^ ̄)ゞ


ってことで。続きは後編へ。<(_ _)>


arai

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コメント

新井さんへ

随分タイムラグができてしまいましたが、最近こんな感じです。なかなか自己表出までに時間がかかるというか、発酵しないと話せないというか、書けないというか…。

あらためましてお忙しい中、新城までありがとうございました。


また、当日の克明な記録をいち早くアップして頂き、本当に感謝する次第です。

あれからもう一週間が経ちますが、今振り返ると今回のレインボーはうす開所10周年を記念した市民福祉フォーラムは、当法人次世代への「バトンタッチ」の序章となった思います。

企画コンセプト、骨子、詳細準備から、当日の運営まで中堅幹部職員と若手職員が一丸となって事にあたりました。

そして、理事長も含め、私たち一人一人が自らの役割を果たす、そしてその役を演じ切るというのが当日のミッションでした。

新井さんは新城福祉会のことを「緑のまちの戦士」と称してみえますが、やはり連合艦隊的チーム力で10年、ここまでやって来れたのだと思います。

そして、もう1つの市民福祉フォーラム自慢は田原市同様、福祉業界で仕事をしていない市民の方たちが何らかの繋がりでとてもたくさん参加してくれていることです。

だから、あまり専門的な深め方は出来ないかもしれませんが、地域を変えていくささやかな火種にはなって来たと思います。いわゆる「普及啓発」と言うものでしょうか。

今回の取り組みを内省してみますと、カタチの継承は比較的容易ですが、中身の継承はやはり難しいものがあることがよくわかりました。

そんな意味で「バトンタッチ」の序章と表現させて頂きました。

地域生活支援の足を踏み入れた以上、エンドレスな闘い。個人の力なんて有限かつ限定。だからこそ強固な継続力を持つ「組織」が必要だと感じる昨今です。

20代の彼ら、彼女たち当事者には20代の職員が、ともに生きて行ってくれる支援者、応援者、理解者が必要です。

右肩上がりの10年間に注いだエネルギーとは異なる次の10年に求められるエネルギー。組織を維持継続しながら新たな出逢い、ニーズに応えて行くエネルギー。来年度よりスタートする新城市西部福祉会館(レインボーはうすの2倍の床面積の建物)の指定管理はその象徴。まさに未知の領域に入るといった感じです。

でも、嬉しいことは西部福祉会館の館長になるKさんは夢を描いています。医療ケア並びにリハビリテーションの充実です。私たち新城福祉会は組織的に医療領域と協働してみたいと考えているのです。Kさんは本当に福祉の人です。だから、私たちはどうしても医療という壁をひとつ越えてみようと思っているのです。

深夜の書き込み、かなり饒舌になりましたが、「緑のまち」10年の軌跡(前編)への御礼と当法人の当面の課題を書き込みさせて頂きました。

なお、後篇への書き込みは明日以降、チャレンジしてみたいと思います。優さんとの対談や2部パーティーの挨拶で語れなかった私の思い…かな。

追伸 10年の軌跡「ともに働き ともに学び ともに生きる」のスライドショー。ポイント、ポイントに新井さんがしっかり登場。やっぱり、懐かしかったですね。その時、その時、いつも私たちは全力でしたから。で、もちろん新井さんは今も!!

投稿: 長坂 | 2014年12月21日 (日) 00時55分

長坂さま

お忙しい中、コメント頂き、感謝感謝でございます!<(_ _)>

一週間という時間が過ぎていますが、未だに優さんとお二人での掛け合い漫才的「出逢いからの創出」は、若輩者あらいにとっては衝撃的な時間を忘れることは出来ません。

繰り返しになりますが、生きる主体は「ご本人」であり、その「意思決定」を支援することは「聴くこと」から始めるのだという、優さんイズムを、こうまで実直に実践する長坂さんと、その報告を聴き、マイクでやっと拾える程度の小さな声で「ほぉ~。スゲェなぁ~。」と呟く優さんの姿が、鮮明に焼き付いています。


この実践は、10年前に集った「連合艦隊的チーム」のメンバーだけではなく、その後に集った中堅メンバーに加え、名前も存じ上げないですが必死に長坂さんに付いていかれる若手メンバーの力なくしては、決して成し得なかった実践であったかと思います。長坂さんの仰る通り、個人の力などたかが知れていますもんね。

これを思った時、頭を大ハンマーで殴られたくらいの衝撃を感じた次第であります。高いスキルを持った先輩が、しっかりと若手をOJTしている。人材育成しているってことかと。これも長坂さんの言葉を借りると「バトンタッチの序章」って大事ですよね。バトンパスするのしても「助走スペース」がありますもんね。あれ、大事っすもんね!やっぱり「緑のまち」の戦士はスゲェ!っす!(  ̄^ ̄)ゞ

と。「緑のまち」の新たなチャレンジ。正直、驚いています。が、今、正に田原市でも議論している「行く道」であるということを含めて。いつもいつも学ばせて頂いています。その実践も、そして覚悟も。

また、じっくりお聴かせ下さい。そして聴いて下さい。お互いが考える地域を包括的に支援する仕組みの構築について、そのプロセスと目指すべき、理想とする「カタチ」について。必死に学ばせて頂きたいです。よろしくお願いします。<(_ _)>。


で。スライドショー。何度か登場させて頂いたことに、メチャクチャ懐かしく、そして ただただ感謝です。<(_ _)> こんな あらいごときですが「共に」成長させて頂いたんだなぁ。ってな思いを持ちました。と、その成長は、チャレンジは今も、そして これからも、やはり「共に」ありたい!と思っておりますので、これからも軟弱・若輩あらいでございますが、置いて行かないでご指導下さいますよう、重ねてお願い致します。<(_ _)>

投稿: あらい | 2014年12月21日 (日) 22時36分

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