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2016年3月31日 (木)

暫しの お別れ


平成20年3月27日、田原ゼミナール.6 の前夜祭。講師は とえださん。この懇親会の席に、上司にあたる熱血 柴田さんに伴われ「ボクの後継ぎになる職員です。」と紹介されたのが、揉め事ばかり起こし、迷惑ばかりを お掛けする あらいを、今日まで必死に支えてくれた山本さんとの出会いでした。

当時 田原市は、障害と高齢を共に担う「福祉課」となっていて、山本さんは その高齢福祉を担うポジションにみえた方で。第一印象は『育ちの良い、頭の良い、そして品のある若者やなぁ~。』という思いと、それまで時に強引に、時に したたかに あらいを、田原市を牽引してきた「熱血」を感じさせる柴田さんと比較し、あまりに洗練された雰囲気に『大丈夫かなぁ…。』と思ったのも事実でした。



数日すると平成21年度が幕を開けました。柴田さんは どこに行くのも、この山本さんを同行させました。

当時 課長であった白井BOSSからの「この一年で育てなさい!」という勅命を受けていたとのこと。柴田さん、この頃 すでに「福祉課歴 10年」に手が届くところにいたことから『来年は異動』が確実視されていたこともあり。ようは。『ベテラン行政マンが居たから成り立つ福祉ではダメ。誰が担っても行政サービスの低下は最低限に 食い止めよ。』ってことなのだと。


暫しの お別れ


以来、山本さんは必死に柴田さんに習い、そして倣い。BOSSから「どこ見て仕事している!」と魂の注入を受け、メキメキと力を付けていきました。というより、本領発揮!と言った感じなのかと。



あらいは、山本さんに「熱血を継ぐことをミッションに」と、お願いさせて頂き、闘いを共にすることとなりました。し、いつしか この山本さんに嗜まされ、諭され、時に叱られながら今日まで協働、共闘してきました。気がつけば、この あらいが彼から習うことの方が断然 多くなってきたのは、これまた事実です。


暫しの お別れ


その活躍の場は、田原市に留まらず、ASK研修にも何度も参戦して頂き、県内の相談支援事業のスキルアップにも ご尽力頂いた次第。 これは。ここ「少年老いやすく学成りがたし」に あそびにきて下さる方なら「よ~く知ってるわ!」ってことかと。

でも。これは あらいだけではなく、彼の後から総合相談センターに参戦することとなった者 全てに言えることでもありました。まして、元々が『育ちの良い、頭の良い、そして品のある若者』ですから、みんなは官民の境なく慕っていたのも事実かと。正に人徳というのでしょう。



彼は。明日4月1日から愛知県に出向となります。



朝6時の電車で田原市を出発することとなるそうです。本人は「ドナドナですよぉ。」と力なく笑いました。童謡「ドナドナ」。売られていく子牛の気持ちを歌詞に綴っているのですが、その中に、飛んでいく燕を見て「もしも翼があったならば、楽しい牧場に帰れるものを」とあります。これが 山本さんの本心であるのだとしたら、送り出す我らの胸は張り裂けんばかりです。

偉くなって。もう一度 あらいの前に立つ その日まで、しっかりと田原市を守り抜きます。山本さんが「継ぐ」ことをミッションとし、しっかりと継いだことに対する、否、あらいごときが思い描いた「カタチ」とは また違った「熱血」をみせて頂いた感謝の思いとし、あらいも しっかりと守り抜いてみせます。神様がくれた「今しばらく」の柴田さんとの時間を噛み締めながら、あらいも必死に。そして本気で。



お互い、この一年は勝負の年になりました。が、心は田原市障害者相談相談センターも共にあります。必ず勝ち抜きましょう。そして、お早い お帰りを心より お待ち申し上げております。簡単に戻ってこられるなんて甘い考えは持っていません。ですが、待ちます。ひたすらに。その間、どうか。お体 ご自愛下さいませ。名残惜しくはありますが、本当に7年もの間、この面倒くさい あらいを支え続けて下さり、ありがとうございました。ご恩は一生 忘れません。



でも…やはり…。暫しでも、お別れは寂しいです。



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arai

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